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「大嫌いな父と向き合う」と偉そうにいうバカな息子

僕は、外面がいい。

外面だけがとてもいい。

いや、「よかった」と過去形になってるとうれしいんですが。

 

今思えば、その分身近な人への優しさが足りなかったと思います。

だって「外でいい顔してないと、仕事もらえないやん」「お金稼げないやん

しかも、「身近な人にしか甘えられないんだから、それくらい許してよ!」って思ってました。

それをある人から、「大切にする順番が間違ってる」と教えてもらって、当たり前なことなのに、それができてなかった自分に衝撃を受けました。

今ならわかるけど、そこに「なんのために」がなかったんです。

 

なんのために?

 

なんのための働いているのか?

なんのために生きているのか?

なんのためにこの仕事をしているのか? など

 

それがわかってから、人への対応を変えました。

その数ヶ月後には、40前のおっさんが嗚咽しながら母と向き合い「自分は愛されてなかった」という前提から「愛されてる」に変わり、心が大きく変化したのがわかります。

「愛されてる」に変わってからは、僕のことを大切にしてくれる人たちが増えて、ものすごく幸せな環境になってきました。

 

そして、次の蓋を開けることになりました。

それは、家族が欲しい です。

子供は天からの授かりものだと思うので、授かることができたら幸せです。

3度も結婚をしていながら子供がいない僕は、本当にそう思います。

今なら、子供がいなくても幸せだとも思えるし、子供がいたらまた違う幸せが味わえるんだろうなぁって思いました。

その準備として、自分が父親になると考えた時に、まず、子供たちにとって大切な存在になりたいと思いました。

そう思った時に出てきたことが、父親と向き合うでした。

 

僕の父親は、トラブルメーカーで、僕が16歳の時に友人の借金の保証人になり、その後は一家でゴロゴロ坂道を転げ落ちるような環境に変わりました。(詳しく聞きたい人は、オモシロ可笑しく話しますので聞いてくださいね♪)

そして、17歳の時に滋賀に夜逃げ。

そこからは母が僕たちを育ててくれたような感じです。

僕が19歳の時に父親と喧嘩をして家出をしてから、何度かしか会ってません。

酒癖も悪く、そのあとも何度か警察沙汰になったのを聞いてました。

3年前くらいにふと電話があって、その時も電話で大ゲンカしました。

 

で、思ったことが、自分が父親のことが嫌いなのに自分が未来の子供に好かれるはずがないよなぁって思ったんです。

もしかしたら、自分が父親が嫌いだから、父親になろうとしなかったのかなぁ。。って。

 

今、父親の連絡先を知っているのがおばあちゃんだけだったのと、おばあちゃんとも食事をしたかったので、家に行きました。

おばあちゃんは入院していたことがわかり、焦りました。

僕の家族は、おばあちゃん・お父さん・お母さん・妹2人です。

その、おばあちゃんがどんどん歳を重ねて弱ってきてる。

おばあちゃんは、お父さんと僕たちの関係を知ってるので、きっとさみしいと思うんです。

大切なおばあちゃんの生きている間に、大嫌いな父と向き合おうと思いました。

 

大嫌いだけど、でも、僕の1番弱い時(赤ちゃん)立てもせず、ろくに動くことができない僕に食べ物を与え、暖かい家で、暖かい服を着せてもらえてもらえた。

これは、決して当たり前じゃない。

嫌ならやめることもできただろうしね。

23歳という若さで親になり、責任がのしかかり、自由に遊べなくなっただろうしね。

今の僕と同じ年の頃には子供3人も育ててたんです。

しかも、僕がバカだったせいで、お金が無いのに私立高校に通わせてくれました。

どれだけ大変な事だったか、今同じ年齢になってわかる気がします。

それを、僕はたった数回の父親のミスを何度も思い返し、文句を言い続けてきた事に気づきました。。

 

幸せなことがある度に、親に感謝をすべきなのに。

僕は自分が情けなくなって、父親に謝ろう、そして感謝を伝えようって思いました。

 

続く。。

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