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もうすぐ、大好きな、おばあちゃんが死にます。。

おばあちゃんが、もう少しで亡くなります。

 

呼吸がずっといびきみたいでしんどそうだった。

タオルを濡らして、顔や手を拭いてあげると、いびきが止まり、気持ち良さそうだった。

手をさすりながら、ずっとずっと泣いてた。

少し起きてくれた時に、ギュッと抱き寄せて「おばあちゃん、かつしよ。ありがとうね!大好きだよ。だからはやくよくなってね」って、伝えてきた。

 

「おばあちゃんは17日までしか意識がないからね。そのまま元気になることはないよ。」って父から告げられた時は意味がわからなかった。

「なんで期間限定なん?」って思い、よく聞いていると、痛みを我慢し続けるおばあちゃんを見かねて、先生が痛みを和らげる薬を打つことを提案してくださったようです。

この薬を打つということは、もう二度と回復することはないということ。

辛そうなおばあちゃんの姿を見て、父とおじさんが決意したようでした。

反対する気もないけど、息子である二人が決めたことに僕は従うしかない。

誰かが辛い決断をしないといけない。

父は辛かったと思う。

自分の母を自分の決断で命を奪うことになる。

でもそれは大切だからこそできた決断だと思います。

そんなつらい決断を下した父に感謝しています。

 

共働きだった両親の代わりに僕たちの世話をしてくれたおばあちゃん。

躾に厳しくて「うるさいババアやな!」って、よく喧嘩してた。

でもそのおかげで僕は、人と接することができているんだと思う。

今でも印象に残っているのが、「あんたに言われたくないわ!」って言った時に「あんたって、その他人みたいに言われるのはつらいなぁ」って言われたことです。

家族をものすごく大切に考える人だったので、その言葉がつらかったんでしょうね。

 

僕はおばあちゃん子で、小学2年生から、城陽から東寺まで、電車とバスを乗り継いでおばあちゃんに逢いに行ってました。

そんなに大好きなおばあちゃんなのに自分のことが忙しくてなると、たまに電話をして、たまに会いに行く位になってしまってた。

 

2週間前くらいに入院した時にも、見舞いに行ったのですが、ツラそうだったので、覚悟はしてました。

ごめんね。

もっと、会いに来てあげたらよかった。

今、おばあちゃんに会いに来るのは、家族ぐらいしかいないのにね。

いつも僕のことを心配してたおばあちゃん。

 

人間はいつか死ぬ

わかっているようでわかってない。

それは100年先かもしれないし、今すぐかもしれない。

頭でわかっていても腑に落ちていないから、すぐに忘れてしまう。

やりたい事をやらない人生なんて、先祖から受け継いだ命の無駄遣いだと思っています。

僕ができる感謝の形は、おもいきり生きて、心から「いい人生だった、僕をこの世に呼んでくれてありがとうね!」って、先にいる家族や先祖たちに天国で伝えることだと思う。

 

本当に私を実感できるときはそんなにない。

家族の「死」は、それに気づかせてくれる。

「人は死ぬ」と腑に落ちたら、もっと周りの人を大切にできるようになる。

それを身をもって教えてくれてる。

それは、子供たちにもそれを体感させてあげないといけないと思うんです。

今を生きる大切さ、今いる人を大切にする気持ち。

それらを学ばせてくれるのが「死」だと思うのです。

 

あばあちゃん、ありがとうね。

僕は、おばあちゃんの孫でよかった。

おばあちゃんたちからもらったこの命、みんなの役に立てるように使っていくね。

おばあちゃんのおかげで、僕はもっとやさしい人間になれます。

おばあちゃんからの最後のメッセージをしっかり受け取りに行ってきます。

 

あ、でもまだ死なないけどね。

おばあちゃん、大好きだよ!

 

 

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